消費者金融の歴史

国内における貸金業の歴史は古い

今現在、国内や世界のいたるところで貸金業者は存在します。国内に絞ってみれば貸金業の歴史は古く、文献に残っているだけでもすでに大和時代にはその存在が確認されています。その後、金貸しは今日の消費者金融やカードローンといった名称に名を変えて発展していきました。

消費者金融の歴史は、多種多様な種類の金融業者によって担われてきました。その中でも、特に消費者が生活資金の融資先として特に利用してきたのは質屋でした。現在の質屋の営業形態は約680年の歴史を持つとされ、その発祥は鎌倉時代にまで遡ることが出来ます。

古代、貸金業の専業者が発生する以前には、富裕層である寺院などが活動の一環として金銭の賃借を実施していました。鎌倉時代頃になると貸金業の専業化が進行し、蔵と呼称される金融機関が登場してきます。蔵は後に土蔵と呼ばれるようになります。

室町時代には酒屋が貸金業の営業を開始し、その他にも日銭屋も登場してきます。更に、貨幣経済が発達した江戸時代になると金銭賃借の需要も増大し、旗本や御家人といった顧客の階層に応じた融資が特化していきます。両替商や札差などがそうです。

近代から現在までの貸金業者

明治時代から昭和初期になると質屋の全盛期となり、ピーク時には国内に二万件を超える質屋が営業を行っていたとされます。その後、消費者金融による小口融資が増えてくるにつれ、質屋の役目は徐々に減っていくことになります。

最初に消費者金融の小口ローンを実施したのは銀行でした。金融解禁の不景気の時代にあった1929年、日本昼夜銀行が月給生活者を対象とした小口貸し出しを行ったのが始まりです。当時の月給生活者とは、都会の一部エリート層であり、今日の消費者金融市場に比べると限定的でした。

ただ、社会に勃興しつつある新しい生活者をターゲットにした画期的な金融商品であり、銀行にとっても月給生活者への小口ローンはリスクの低い貸付債権だったのです。

その後、あくまでも企業への融資にこだわり、個人向け融資に躊躇していた銀行等の金融機関でしたが、バブル崩壊後莫大な赤字債権を抱えて右往左往する中で、対照的に空前の収益をあげていた当時の消費者金融の実態を鑑みるにつれ、次第に消費者金融が行っていた個人向け融資に注目するようになっていきます。

貸金業の歴史を振り返る

今の世代の多くは、昭和の時代に起こった金融業界の悪評を知りません。実際に体験していないのだから知る由もないわけですが、以下は金融業界の沿革です。

 1952年6月 信販大手の日本信販が設立 
 1954年6月 ジャックスの前身、デパート信用販売が設立 
 1954年10月 オリエントコーポレーションの前身、協同組合広島クーポンが設立
 1956年  アプラスの前身、大阪信用販売が設立
 1962年1月 クレジットカード大手 ジェー・シー・ビーが設立 
 1962年3月 大手消費者金融のプロミスが設立 
 1978年10月 大手消費者金融アコムが設立 

上限金利の時代推移

貸金業の歴史を知る上でどうしても避けられないのは、上限金利の時代推移です。約50年にわたって少しずと下げられていった末に現在の上限金利(18.0%)に落ち着きましたが、それ以前の非人間的な上限金利によって無数の人たちが借金苦で苦しんだことを忘れてはなりません。

以下は出資法においての上限金利の時代推移です。

 1983年以前 上限金利109、5%
 1983年11月 上限金利73.0% 
 1986年11月 上限金利54.75%
 1991年11月  上限金利40.0%
 2000年6月 上限金利29.2% 
 2010年6月 上限金利18.0%(10万円〜100万円の借入の場合) 

上記の上限金利の数字を見ればわかるように、非常に高い金利が法律によって設定されていることに、驚愕されると思います。なぜこのような上限金利が規制もされずに放置され続けていたのでしょうか。

しかもその間、支払いが出来なくなった人に対して、過酷な取り立て行為が繰り返され、自殺に追い込まれた人も少なくありません。